「地物」を概念世界のものと定義したことが生む躓きについて

地理情報の国際標準化においては「地物」を概念世界のものと定義しています。しかし、この最も基本的な定義が、すでに躓きの石だったのです
*1

従来、「地物」は現実世界のものであった。

地理情報に携わる人々の間で話をしていると、地物が概念世界のものとして定義されているのか、現実世界のものとして定義されているのか、用語の定義で混乱を生じることがあります。概念世界のものと認識している人は情報系の人が多く、現実世界のものと認識している人は伝統的な測量についての知識が豊富な人が多いようです。この混乱は、次のことが理由だと考えています。

地理情報の国際標準化の世界では、地物(feature)は「実世界の現象の抽象概念(abstraction of real world phenomena)」と定義されているそうです。つまり、地物は概念世界のものとして定義されています。

一方で、地物を現実世界のものとして定義している定義文は、これまで長く見つけることができませんでした*2が、最近ついに「近代デジタルライブラリ」の「士官候補生一年志願兵予備見習士官用地形学教程」の2ページ目(近代デジタルライブラリシステム上の7/89)に次のような定義文を見つけることができました。

地物 地上に現存する天成又は人為の生成物すなわち植物、交通線をいう。

この定義文では水系や建築物が地物にならない気もしますが、いずれにせよ「地上に現存する」ということなので、ここでは地物は現実世界のものと定義されています。

つまり、「地物」という用語は、伝統的な測量の用語体系と国際標準化の用語体系との間で、その定義される世界が違う(現実世界であるか、概念世界であるか)という齟齬があります。

「地物」を現実世界のものと定義していれば、「地物」「地物型」「地物インスタンス」の「奥が深い症候群」は少し緩和されたかもしれない。

地物を現実世界のものと定義していれば、地物インスタンスを個別地物の概念世界での表現、地物型を地物の凡例と理解することができ、従来の測量用語の知識体系を持つ人にも理解されやすかったかもしれません。

地物を概念世界のものと定義したことにより、従来の測量用語の「地物」との意味の不整合が発生したほか、概念世界に「地物」「地物インスタンス」「地物型」という3つの用語が存在することになりました。IT の人ならそれぞれを「オブジェクト」「インスタンス」「クラス」と理解するところでしょうが、従来の測量の知識体系にはそのような概念はありませんでした。

「地物」「地物インスタンス」「地物型」の違いを努力して理解した少数の人が、あたかもこの違いが奥が深いかのように論じたりするかもしれません。しかしそれはまさに「バッドノウハウと「奥が深い症候群」(http://0xcc.net/misc/bad-knowhow.html)」の地理情報における変奏ではないでしょうか。

(蛇足)「地物型」「地物インスタンス」という概念はファーストクラスの概念とすべきではなかったかもしれない

蛇足ですが、そもそも、すでに言い古されているように、クラス指向オブジェクト指向オブジェクト指向のごく一部でしかありません。クラス指向オブジェクト指向の概念である、型(クラス)=インスタンス関係を地理情報の国際規格と密結合してしまったのは、今となれば技術的な失敗ではないかと思われます。

一般的な話として、結果的に技術的な失敗をした規格は、廃止されるわけではありません。使われないのみです。

以上は事実認識であり、この認識を出発点として技術的な日常生活を送っていく必要があると思っています。

*1:断定の語調で書いているのは、ブログというメディアを使っているいるからに過ぎません。

*2:例えば、「作業規程の準則」においても、地物・地形という用語は使用されるにも関わらず、そもそも地物・地形とは何かという定義は与えられていません。測量の用語の多くは、旧日本陸軍が育てた用語を引き継いでいるのですが、「神聖喜劇」の藤堂太郎の行動が物語として成立することから分かるように、この用語系統は定義を見つけ出すのが困難な用語系統です。