サハリン国境画定事例

久々に「近代デジタルライブラリ」の口語訳をしてみました。20世紀初頭における、緯線をベースにした陸上国境線の画定方法についての話題です。ほぼ100年前に陸軍省から出版された書籍の一部です。
日本には現在陸上国境はありません。しかし、例えばドイツは長い陸上国境を抱えます。陸上国境を持つ国は、二国間の国境条約によって国境を管理しているらしく、国境条約を実施するに際して、国か国境に接する州の地図作成機関が細かいレベルの管理を実施しているようです。国境を超える道路が新設される際には、国境を調整して国境線と道路中心線が直交するように調整を行ったりするそうです。

日本人がかつて陸上国境を管理した事例のうち、測量に関係が深い事例について、近代デジタルライブラリで見つけましたので、口語訳してみました。用語は、正確なものよりも現在一般に使われているものを使うことを優先しています。

近代デジタルライブラリ
樺太境界劃定事蹟 24コマ~25コマ
陸軍省明治43年6月出版
全国書誌番号 40010586
請求番号 YDM26726
西暦年 1910
著作権保護期間満了


サハリン国境画定事例


第3章 画定事業に関する両国委員の協定


 サハリンの日本・ロシアの領土は北緯50度の緯線を境界とし、地形の関係でやむを得ない場合を除いては偏らせないという合意がある。さて、普通、境界画定の基準である経緯線の測定は非常に難しいことであり、とりわけ、一小地区の天測によってその場所の緯線を正確に求めようとすることはほとんど不可能といってよい。最近の天体観測機器の精度は1秒以上の誤差を生じることはないが、観測点の周囲の地物、地質の違いが鉛直測定器機に大きな影響を及ぼして天測に数秒、数十メートルの偏差を生じることがある。アメリカ工兵一等中尉 F. V. グリーン氏は北米の合衆国とイギリス領カナダの間、ヴーツ湖からアカミナまでのおよそ800マイルの境界を定める際に41回の天測を行い、その結果を用いて鉛直偏差の原因を研究したところ、山岳、丘陵及び地面の傾斜にその原因を求められそうなものはわずかに全数の1/3に過ぎず、予測不可能な地下の性質に起因するものが2/3以上であった。測点の周囲の地物は一目でその有無を知ることができそうだが、地下の影響を知るためには数十マイルにわたって深く地中の構造を発掘調査せざるを得ない。こういった発掘調査は実施不可能なことであるし、影響の程度を実測するにいたっては到底不可能である。要するに、一連の数個の天測点を定めてその偏差を平均してひとつの同緯線を求める以外には簡単な方法はない。この平均緯線も、私が想定する真の緯線に比べ若干の誤算があるのはやむを得ないところである。

 サハリンの北緯50度付近の地形を見ると、東側ではチアラの高い山脈が境界線の北側にそびえ、中央の平原は南に向かってだんだん低くなり、西側は北緯50度の北側近くオノール西側の高い山脈があって、これらはすべて実際の境界線を北側に移す影響を発生しそうな状態である。山の大きさや高さ、遠さがそれぞれ異なっているので、その影響も場所によって様々である。従って実際の天測点は一定の曲線にのらない。天測点の多くは地下からの予測不可能な影響を受けて南に北に偏り、これらを接続すると不規則な曲線となり決して経線と一致しないだろう。こういうことは普通の現象であって、前出のイギリス・アメリカのアメリカ地域における境界線などはその一例である。スイートグラス丘の付近では、隣接する2つの測点の南北の偏りが7秒28分という大きさとなり、その距離は738フィートとなる場合があった。私の持っている地図の上でこの境界が1本の緯線として描画してあるように見えるのは、地図の縮尺が小さくてこのような誤差を表示することができないために過ぎない。

 そもそも、緯線を正確に測定することは上記の理由によってほとんど不可能である。特に、小地域の緯線を求めることは不可能である。もし仮に同緯線上の全ての点を実測してその平均緯線を求めたとしても真の緯線が得られるかどうか分からないことは論理的に明確である。であるから、一地区の緯度を測定するためには地下の影響は無視し、山や傾斜地など鉛直に偏りを生じさせる地物を離れ、できるだけ平地を選んで天測を実施し、その結果によってこの地区の緯度とすることでよしとせざるを得ない。そうして境界線には、天測の結果を接続した不規則な曲線つまりこの地の天測緯度を採用するか、またはこれを平均した整った曲線つまり平均緯線を採用するかの2つの方法があるが、後者の平均緯線には次のような問題がある。

 ア.乱雑で予測不可能な影響のある一小地区での天測結果は、これを平均しても真の緯線と一致するとは期待できない。
 イ.平均緯線を採用しようとするときは、まず天測緯線を定めた後に、その天測緯線を平均修正するのに必要な作業時間と費用がかさむ。
 ウ.平均緯線は天測緯線から算出したものであるから、将来一部境界標識が滅失するようなことがあったら再度何度も天測を実施しこの平均を求める必要があるので、復旧作業がとても難しい。

 天測緯線が不規則曲線であって地理学上の緯線と形状が異なるのは多少奇妙な感じがしないわけではないが、これを平均して整った曲線としてもその位置は必ずしも真の緯線と一致しない。どちらも真の緯線と異なるのであればむしろ実施の利便のある天測緯線を採用するのがよいとする。このため、私たちの委員は天測緯線をサハリンにおける日本とロシアの境界とすることに決め、様々な作業を準備した。

 前に書いたように、サハリンの日本とロシアの領土は北緯50度を境界とし、地形の関係でやむを得ない場合を除いては偏らせないという合意がある。もともとこの土地の周囲には近接測量し難い地物は見られず、また特別に偏りの発生を想定すべき地形や地区はない。一つの偏りを反対向きの偏りによって補償しようして広い地域にわたって精密な測量を求めても、無駄に時間と費用を増すにすぎないのだから、境界線は完全に北緯50度の線に従ってよいものとした。

 私たちの委員は明治39年6月ロシア領サハリンのアレクサンドロフスク・サハリンスキー港でロシア国委員と会見し、意見交換したところ、ロシア側委員もまた、天測緯線によって境界とし、地点をずらす必要はないとした。つまり、日本・ロシアの委員は大体について意見を同じくし、明治39年で画定事業を終了することを約束し、その後の作業実施に関し、次の要旨の規約を約束して作業に着手した。


規約


1.ポーツマス講和条約第9条により、境界線は北緯50度において間宮海峡からオホーツク海までサハリンを横断するものとする。もし地形の状況によってある場所において偏りを生じ数学的確実性を守ることができないことがあれば、そこで損失した領区を他の地点で直ちに補填するものとする。
2.緯度は4つの天測点で決定する。つまり1つめは東海岸、2つめはグロデコー村付近、3つめはオノールから第二ハンダサーに通じる道路上、4つめは西海岸である。
3.緯度は両国委員の天文家がそれぞれ測定する。計算表は互いに点検し、その修正によって得たメディアンの緯度によって真の緯度とする。
4.北緯50度の位置は幅10mの林空によって明示し、その中央には小さな溝又は小道を設置するものとする。
5.天測についての詳細な方法、林空の方向の明示方法などは両国委員の天文家が協議して議決した上でさらにこれを総会で協議して決定する。
6.天測境界点のそれぞれには天測境界標石を設置する。また、その中間6kmごとに小型の中間標石を設置する。地形の関係で6kmごとに中間標石を設置しがたい場合には、適宜両国委員が協議した上で適当な場所を選定する。天測境界点に設置する標石には、日本側には菊花紋章、ロシア側には双頭鷲章を彫刻し、側面には番号を彫刻する。また、中間標石には一連の番号を付けてその表面に彫刻するものとする。標石の運搬及び設置の費用は両国委員が等しく負担する。
7.全境界線に沿って幅約4kmの地形図作成を行う。地形図の縮尺は1/40,000とし、等高線間隔は10mとする。天測境界点付近はその点を中心とする1平方kmの地形図を特別に作成する。この縮尺は1/10,000とし、等高線間隔は2.5mとする。天測境界点及び境界標識のため便利な地物があるところには写真図も添付するものとする。
8.前項の地形図作成は両国委員の地形図作成班が個別に実施し、地形図作成された地区は時々互いに点検する。もし相違がある場合にはその相違を両国の委員長に提出して相違の統一をはかるものとする。両国委員は各自製作した図2枚ずつを提出し、両国委員長及び全委員の署名・承認を経るものとする。
9.北緯50度以南について、近海の諸島しょの調査を行いまたその地形図を作成する。


 しかし作業は天候その他様々な原因によって予定のように実施できないものが複数あった。よってさらに1年度の作業を継続し、明治40年に境界画定作業を終えなければならないこととした。以下、順を追ってこの2年度にわたる作業の進捗程度を記述したい。

現代の測量技術を用いた場合は、話は随分変わってくると思います。ただ、石を定義とするのか、経緯度値を定義とするのかという論理的な整理の部分は変わらないのかもしれません。

上記の話、ジオイドの話と理解して正しいのでしょうか。であるとすれば、ジオイドはもともと標高を平均海面からの高さに補正するために生まれたのではなく、天測(天文測量)*1での位置決めを正確にするために生まれたものなのでしょうか。天文測量が絶滅したため、標高決定のための目的だけが残ったのでしょうか。

*1:実際には、鉛直測定を必要とするすべての測量?