騎兵須知 第1冊 上 第14編 測図摘要の冒頭

Joel 式のつもり

はじめに

「許可なく複製を禁ずる」など、地図業界では「堅い言葉」(時には間違っている...)がよく使われています。また、「原子」「地物」「測図」など日常生活では聞き慣れない言葉が良く使われています。
ところで、こういった「堅い言葉」、大西巨人の「神聖喜劇」にあるように、旧日本軍ではよく使われていました。

神聖喜劇〈第1巻〉 (光文社文庫)

神聖喜劇〈第1巻〉 (光文社文庫)

一方、国土地理院の前身は旧陸軍参謀本部陸地測量部です。地図業界のこれら「堅い言葉」、旧日本軍が残した資料を読み解けば少しはその謎が解けるかもしれません。
国立国会図書館デジタルコレクションには、そういった調査にぴったりの資料がありました。そこで、まずは「測図」という単語を検索語に、関係ある資料を見てみたいと思いました。
「測図」という単語の現代的な用法については、google:測図 site:gsi.go.jp を。

「騎兵須知」の第14編の冒頭を書き下してみます。

明治38年(1905年)出版、兵事会編「騎兵須知」の第14編 測図摘要の冒頭を書き下してみます。
この本、著作権の保護期間は満了していますので書き下し作業も安心して行えます。
書き下したのは132コマと133コマです。この試みの趣旨は上記のとおりなので、書き下しは ATOK 任せのかなりいい加減なものになっています。句読点も適宜挿入しています。原典にご興味のあるかたは、以下をご覧ください。

第14編 測図摘要
その1 路上測図法

  • 路上測図は簡便なる測量なり。故に器械を用いず多く目測より成る。
  • 路上測図の目的は縦隊の行進する道路及びその道路の両側の地形地物をなるべく精確に写し取るにあり。
  • この測図を製するには2万分1、5万分1などの梯尺(さし)を用いる。
  • この測図は側手(そくしゅ)一名にて行うことを得。しかれどももし助手一名を用いるときは甚だ便利にして測図も早くなし終わることを得べし。助手を用いるときは道路外にある物件の調査をなさしめ面してしの報告の通りを図上に表し又は行進道路の距離を歩測させてこれを直ちに図上に書き込むなどそれぞれ助手になすべき用事を申しつけおくべし。しかるときは測手はいちいち本線路外に出て諸物件諸地域の調査をなすの労を省くものなり。
  • この測図は乗馬にて行うことがある。敵国にありては大抵乗馬測図をなすものである。馬上で測量するときは総ての土地をよく見渡すことができる。また遠く道路の外に駆けだして地形や物体を調査し又は本隊に遅れたるとき速やかに軍隊の先頭にゆくことができる。
  • 距離測定 路上の距離を測り定むるには一般に歩測を用いる。
  • 携帯器械 路上測図は目測で方眼紙の上に地図を描くものである。これに用いる器械は種々あれども携帯図板(又カルト)と小さきブーソル(磁石)とにて十分に行うことができる。
  • 方眼紙 方眼紙とは図紙のことなり。縦横十文字に罫を引きたるものなり。方眼紙を図板に張るには方眼紙の転置を外方に折り少しばかり糊をつけて図板に付着せしめ左右の両端はゴム紐にて締める。
  • 測図の進捗 測図の捗りは測手の上手下手と地形がむつかしきと容易なると地物の書き込みが多き少なきとによりて一定せられず。しかれども通常測手一人の作業は一日に道路 4000m から 5000m まで測図するが通例である。
  • 目標物 目標は軍隊の行進に大切なものである。故に測図の一助に必要と認める目標物体を簡単に書きあらわすがよろしい。目標物体とは堂、宮、寺、学校、教会堂、独立大樹などのごときものである。
  • 断面 また道路の凹凸や高低やあるいは傾斜の具合を示すために断面図を書くがよろしい。断面図には縦と横とがある。横なるを横断面といい、縦なるを縦断面という。
兵事会編「騎兵須知」第14編 測図摘要 冒頭

気がついたこと

この書き下し作業から、以下の単語について知識が得られました:

地物

地物とは地図業界で Feature の訳語*1とされているもので、以下のように定義されています:

地物という言葉は、天然と人工にかかわらず、地上にあるすべての物の概念のことで、河・山・植物・橋・鉄道・建築物・行政界など、実世界に存在するものに与えられる名前です。JSGIでは地物について実世界の現象の抽象概念といっています。地物に対応する、実世界に実際にあるものは実体と呼ばれることがあります。ある論議領域に入る実体はそれがもつ性質の集まりとして抽象化され、地物として表現されるのです。地物は性質、継承関係、制約、関連によって記述します。

4・4 地物とは?|国土地理院

上記はなんだか情報工学かぶれの定義ですが、この言葉、明治38年の「騎兵須知」においてすでに使われていた言葉でした。

2万分1

国土地理院は、「にまんごせんぶんのいち」を「二万五千分の一」ではなくて「二万五千分一」と「の」を取って表記したがります*2。例えば、以下のような記述があります。

このサービスは、カラーの2万5千分1地図情報(北方四島及び竹島については2万5千分1地形図が作成されていないので除く)を試験公開しているものです。

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「騎兵須知」においてすでに、この「の」を取る記法がすでに使われています。この「の」を取る習慣は、明治以来の旧弊だと言えそうです。

梯尺

「騎兵須知」では梯尺を「さし」と読ませています。これって広島あたりの言葉なのでしょうか?

さし…定規、物差しの意。方言であると言う意識が無いため、標準語でしゃべるときにも使われる。「さしでしばかれた(物差しで叩かれた)」等の用法がある。

広島弁 - Wikipedia
測手

「騎兵須知」では、最初(おそらく)間違って側手と書かれているものの、「測手」という言葉がよく使われています。当時の助手と測手の違いが興味深いところですが、この「測手」という言葉、現在でも「そくて」という読みで現役で使われている言葉なのです:

平成19年国土地理院表彰式が7月24日に行われました。(中略) 受賞者は次の方々です。
(中略)○ 建設事業関係功労者
(中略)(測手)
(中略)○ 測量事業功労者
(中略)(測手)

GSI HOME PAGE - 国土地理院

以下は少し昔の話のようですが、この時期には助手という言葉と測手という言葉がある程度混同して使われています:

太陽の光を目的地に送るには、太陽の動きに合わせて鏡を動かす必要があります。熟練した助手(測夫〔そくふ〕あるいは、測手〔そくて〕と呼ばれる)が、天候に左右されることが多い観測が無事終わるまで、辛抱強くこの仕事にあたりました。

http://www.gsi.go.jp/MUSEUM/TOKUBE/KIKA5/sanka4.htm
総て

細かいですが、「すべて」を「全て」はともかく「総て」と書く人は、軍人なのかもしれないと思いました。

まとめ

意外なところから興味深い情報を手に入れることができました。このテーマは追々追いかけていきたいと思います。

*1:写真測量に関して英語で文章を書くときには、画像処理の特徴量(=Feature)と紛らわしく苦労することが多いです。

*2:但し、「の」を入れる記法も使われており、方針は一貫していないようです。